I am gathering you

Sep 19
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節制って簡単にいうけど、「超複雑に因果しあうことを1000くらい書き出してみて、それにちゃんとROIふって、そのうちのトップ100くらいを採用して、それ以外のことについては機械損失因子としてROIスコアを小さくする」といった、普通は思いつかないようなオペレーションをしないと、節制みたいな超重要なことは簡単にはできない。ただ「不要なもの=ROIが低いものは徹底的に削る」ということはこういうことを意味するけど、簡単に「ケチる」とか「節制」といっても、超戦略的な意図が必要になる。

福利と節制の関係を長簡単にいうと、福利は以上にやばくて、もしもあなたが他の人とほぼ同じ能力で、年収も平均年収だけど、年間50万を節制できて、それを預金にためていき、10年やると500万になるが、これを7パーの福利にかけると、そっからは節制をやめても、あなたの子供は30年後に、他の子供はもらえない、38,061,275もの金を手にすることになる。彼らもそれと「使っちまう」ということをしなければ、10年後には?というかねを得ることができる。いや、僕が言いたいのは「福利がヤバイ」ということではない。福利はアインシュタインも人類最大の発明とかいうくらいたしかにやばいのだがもっとやばいのは節制だ。

基本的に現代社会に生きる人間は「相対的競争と、存在できるぎりぎりに存在している」ことを仕組みによりアプリオリに決められている。この中で、なぜか年率10パーセントの節制を10年やるだけで、いきなり次の世代から、もう働かなくていい人が作れる。ほとんど胡散臭い情報商材のような話だが、実際のところこれで金持ちでい続けているやつが糞ほどいるというか、天才でもないのに大金持ちが多い全員がこれで金持ちだ。

だから福利がやばいのは当然だが「所与のもの」であるので、別にやばくないということになる。でも節制はヤバイ。特に、その可能性、スケールが60億人であることがやばい。福利がヤバイといってもそのヤバさを享受できるのは「余剰が500万あらかじめ他の人よりあるよ」という人であって、これはいきなり全人口の10パーとか5パーとかになっていく。でも節制による「福利への参加」を達成できるチャンスがある人間は99パーの人であって、しかも年率10パーの節制というのはおそらくカレラの付加価値生産能力(これはこの話の前提として、余剰を生み出せないが死なない程度であることと決まっている)からするともっとも簡単に達成可能な成功への道だろう。月間5万の節制を10年したら、もう億万長者なのだ。僕にはゆめみたいに思える。

もしもあなたがすごいプランを見つけたとしたら、年利を考えて、それを福利化したときに到達できるスケールを考えよう。「スケール」とはこういうために使うことを覚えておこう。年利100パーセント程度で、スケールが100億くらいのプランを見つけたら、はじめるべきことは、「節制」であり、あなたが最初の50万を作り出せば、たったの5年で100億が手に入るようになる。年利100パーセントのプランっていうのがどれほどすごいかというと、「実はぜんぜんどのプランだってスタートアップではそんくらいなんだ」という程度である。これはグーグルほどの偉業ではない。グーグルは福利で、一生生きていける金を、というか増え続ける金を得た人を万人のオーダーで作っているだろうから、もっとすごい。

実際これはある程度我が家がとってる戦略でもあるんだけどね。うーん。