I am gathering you

Sep 08
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とてもかわいくてとても頭のいい女の子と話しをしていて、日本の女の子はかわいいというのは結構嘘で、なにが嘘かというと、日本の女の子の化粧と服装が糞高いだけで、スッピンでいったら日本の男子と同じ暗い別に大して魅力はない。男の子には化粧のすごさを話以上に知る事はできないよ。といっていた。

日本の男は背が低いというが、日本の女の子もヒール吐くから背が高いのであって、背は実は高くない。日本のキャバクラにいったってみんな化粧だし、要するに美は知性との相性が最高で、かつ女性の知性が桁外れて世界最高の国で、かつそいつらがみんな美のために戦っているから、「年間の美の生産量(付加価値量)」をグロスビューティープロダクション、GBPでいったら先進国の10億人を併せても、日本の1億人に匹敵しないほどすごいかも。と。

これはまた、マンガや芸術を遥かにしのぐ日本の芸術で、かつ日本の街や、日本のクリエイティブを強く突き動かす要因にもなっている。と。サブカルやオタクも、完全には人類史に燦然と輝ける知的美女集団としての2000年近辺の日本人女性の影響化にないとはいえないだろうと。その割には言及されてないのは、「言及行為」が男のものだからかもしれないと。あるいは言及行為が男っぽい女、男っぽい思考によるものだからかもしれないと。

もう一つはsanitary。衛生。40、50年の長きにわたって最高水準の衛生を保ってき、いまなお極地にある日本だが、これがアメリカ、ヨーロッパ、アジア、といったものの王道的な「美」の感覚とはまた違う「美」をもたらしているかもね。という意識。

間違いなく「衛生」は、例えば肌などへの美をもたらすし、街への美しさをもたらすし、「シンプリファイ」された街のファサードにもこれらの要因が不可欠になる。いかに建築がシンプルを謳っても、いかにプロダクトがシンプルを謳っても、環境は汚し続けるし、その主要因を非衛生と考えることもできる。

現代日本の女性が構築している美意識、あるいは美の構築の根本に、衛生が強くある。これが、ハイファッションやハイアート、クリエイティブの人には語られてない日本の美の可能性の中心である現代日本人女性たちを可能にしているかもということ。

そして小さい例なのかわからないが、その強い衛生環境の中から、「非衛生」的ともいえるハイファッションクリエイティブも現れたのかもしれないと思う。カワクボギャルソンやらの壊れ方がヨーロッパからでてこなかったのは、古典的な美は持っているが、衛生的ではとくにないヨーロッパからは、差分が少ないためでてこなかったかもしれない。初期の彼女らの作品がヨーロッパで乞食のようだと批判されたらしいが、乞食が結構いるヨーロッパやlike a rolling stoneがそれほど冗談でもない曲と聞こえるアメリカと、冗談の程度にしか乞食やそれっぽい衛生状態が存在しない日本でだと、後者からの方がでやすいのかもしれない。あるいはスカトロとか日本のアダルトビデオの実験精神もそうかもしれない。

ただ僕個人は衛生の賛美者なわけではないですけどね。

衛生な環境に育つと衛生的な意識が育つだろう。衛生的な意識は一層の衛生的な環境を引き起こすし、ここには一定の要因がある。日本人の身体が根本的には環境をあまり不衛生にしにくいところがある。旺盛な若者は別として、40、50にもなると、油や肉を好まなくなる。体臭もへるし、体臭の少ないひとはにおいの知覚も強くなる(あるいはくささに敏感になる)し。自身が汚れていればシーツや衣類という第二の身体(的環境)の汚れは気になるようになるしそれが第三の環境、空気や街、壁といった状況をもたらす。

これは、街全体がまれに見る過密でありながらも、社会的、集団的疾患を避けていられる主要因になっている。かもしれない。全てが100パーセントの因果確率を持つわけではないけれども、東京の街にはおそらくある程度こうしたことが起っているなという印象は自分にはある。雨や水が美しくかつ豊富であることや四季なども原因しているかもしれないけど。これと経済的発展との相性だろうか。

ブログ作ったらちゃんと書き直しそうな下書きポスト。

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追記

もう一つ、男のファッションについても話した。書きながら思い出したのは、igirlさん?とかみたいな女の子の視点でみると男のルックスなんてあっというまに結構よくできるよ。ということとか。

自分は比較的ファッションに近いところにも育った。姉貴がムサビでファッション卒だったりしたり、自分も中3くらいから大学入るまでは表参道、青山、代官山とかのショップ全部覚えてるくらいなんか嫌ながきだがあのあたりうろついていた。大学に入ると大学生たちがそういうトークしていて、そのころには自分はそういうファッションへの興味とか卒業(それがかっこいいと思っていたのもまあ青臭く、カツ都会っこの洗練はそこに行きつくんだ、とか思っていてださかったが)して、話を知らん振りしていると、トークボはそういうの興味ないんだ。的な感じで「オシャレじゃない人」風の扱いでしめしめとか思っていて美大生風だった。ただ着方とか体の美とかの作り方は蓄えときつつ時間使わないでいた。

大人になって仕事するようになって外見に投資しないといけなくなってやってみるとあっというまにモテゾーンみたいなのは確保できた。それをやってみて、女子たちとモテゾーンの服装とかについて語り合ってみると、自分のアプローチ・考えは女性と非常ににていた。僕そのものは、ロゴスと数学が売りの一つのわりに女子的右脳(そんなものが僕たちの頭蓋骨内に本当に実存するのかは疑っていいが)趣味の大半を占めており、(動物が好きとかパリが好きとか)それを男からは「エロイ」とののしられるところだが。

でここまでは余談的な前段で、言いたいことは、男も実はこの国の衛生にのっかってこの国の女性がやっている「知性による自身の美へのアプローチ」をするとあっというまにかっこよい人の国になるんじゃないかと思う。しかしながらまあ「美意識」とか「審美眼」がない人がそれをしたところで難しいのはあり、美意識は8割型、生まれながらのものでもある。

さらに追記。「人は見た目が9割」」というが、その9割の8割は「知性が可能にできる」領域であり、だからこそ「人は見た目が9割」なのであって、別に生まれつきかっこいいやつが勝つとかは誰もいっていない。審美眼や外見を観察する能力とそれを変えていく能力はそのままデザイン、経営、問題解決、といったところであって、実はエンジニアリングの対象にもなれるところだと。こんなことはある程度ものの見え方や見方に携わるやつらは糞ほど考え抜いているところだろうからいちいち書く必要はないが、もっともこの考えが重要視されるのは、やはり「ギーク」とかみたいな考えてないやつらだろう。


でも別に僕は「ギークよbeauty and youthいってかっこいいスーツを着ろ」とは言わないけどね。ねじれのある領域なので面白い実験とかプロジェクトとかの対象にはできるけど、あるべき論ではない。「ギーク用のスーツがアップルから販売になってみんないきなりモテを獲得してしまいました」的な?

あんまりモテとかが話題にでるようなのになってくるとそれだけで批判でかそうでやだな。流してしまおう。