考えるほど、ウェブ3時代は「アクセス権限制御」の時代だと思えてきた。
「データをブログに書く」じゃなくて、「もうウェブにはのってて、パブにするかどうか決めるだけで情報は出る」べきだと思っていた。この「パブにするインターフェイス」みたいなものが効率化すればいいと。このためには文字列一致検索なり、属性絞込みなりについて、最高のインターフェイスがあって、筋肉運動くらい自由で詳細に(あるいはペンとか本のページをくくるくらい自由に詳細に)権限管理ができるべきだった。
「パッケージにデータを詰めて転送」するのの問題は、とろすぎることだ。
もうすでに、データは、関係するすべての人のハードディスクにとっても大容量にはいっていて、それが権限だけ与えられることで圧倒的に高速にはいるべきだ。おそらくグーグルもこうしたことを考えている。僕も考えている。
いま、恋人が、もっと収入があればなあとか悩んでるとする。
そういうときに、いま僕がどうして効率的なコンサルをしてあげれないかちょっと考えたときに、「たとえば彼女の収入状況とか、支出とか、いままでのそういうのも全部公開してもらえると、アドバイスの質は格段にあがるのに」と思った。で「あ、権限管理だ」って思った。逆にいえば、たとえば人材派遣だろうがなんだろうが、情報が「いかにプライバシーにまで踏み込んだレベルで共有できるか」で質も変わる。逆にいえば「そういうの全部打ち明けられる人に、すごい優秀な人がいる」とかはその人の資産になる。たとえば天才的な会計士で信頼できる友人がいて、いざというときにはそれをさらけ出せるとか。
そこまで考えたときに、企業間取引だろうがなんだろうがが、こんな感じになっていくんじゃないかなあと思い始めた。会計とか、金融とか、経営コンサルとか、人材派遣とか、なんというか「プラガブル」な職業、因果率提供、計算提供をしている職業の人たちって、データアクセス権限を契約で策定し、データを転送して、処理をして返す。ということをしている。
そういう意味では情報管理とか朗詠禁止とか、信頼、とかっていうのは、デジタルデータ共有の質や、ある条件がととのったときの付加価値が、圧倒的になりつつあるいま、めちゃくちゃ大事だったのだった。なんてこったい。なんか「最悪の事態に備える」だけのもんだっていう意識だった。
んーーー。だから、なんか、インターネット上で共有されているアイデアとかって、なんか情報としては、目にはつく面白い情報なのかもしれないけど、個人のお財布とかお金の使い方とかの本当の生生しいデータとくらべるとあんまり面白くも、価値もないかもなと思う。たとえば個人の全部の購入情報がウェブAPIで全部手に入るとかになったら、企業は、「あなたの生活はこうすればほんとうに改善する」っていうのをつくれたら、ミラクル儲かるだろうなと思う。悪意ばかりではない。善意をもって改善しようとする試みがあればこうしたプライベート情報は両者(提供者と加工者)にとって爆発的な付加価値の基盤になりうるんじゃないかと。
なんかいきなりコモンズに興味でてきちゃったりして。
もうちょっと考えてみよう。
