食事の系を建設的とでもいうのか生きる方向で考える時に必ず菌と土とか分解の系が気になる。糞尿とか。
いやいやいやいやいや、考え続けてきたもっとも重要な知の先端というのか、資本投資とかの動向としても実は競争の先端であり、この点ではアジアの日本人のネットの人は米食の巨人(無職)の肩の上で乗って東京うまれラップトップ育ち、ショートカットキーは大体友達であってよかったね、と思うのは、
1.アイデアはどのような糞でもっとも生まれやすいか。
2.スケールするアイデアはどのような糞の上で生まれやすいか。
3.1,2のようなことは、想定できるのか。言い換えれば本当に創造性はマネージできるのか。投資可能なのか。
4.3ができたとして幸せなのか。
といったところだ。スケールの単位を人とするべきなのか。頻度の革命のさなか忘れ去られる質はどうなるのか。(つまりブリトニーの画像は1億人に15秒間だけ閲覧されるということで1億円近い価値があるが、ある20人しか閲覧してない奥多摩の個展でうまれたアハ体験(バカにしてるみたいな書き方だが)がどう対抗しうるか。も語り尽くしたいがそれはあきらめるべきか。
因果関係ってところも気になる。建設的って人がいうときにはそこには因果関係的情報の集約がある。howといってもいい。糞がおいしいとかカレーが辛いとかは因果関係ではない。whatとかあるいは連想的情報にたぐいされるものです。連想の大代表ね。そういえば完全に殺菌された糞はカレーと見分けがつかない。たぶん蒸発してなにものこらないけど。自粛するタイミングをのがした。
関係ないけど高速道路在住の巨人は無職ね。